第七章:ワンちゃんのお食事
7-2:市販のフードと手作り食の違いは?

登場人物
ゆみ(27):アメリカからの帰国子女。現在、再びの渡米を目指し、アルバイト中。
      和食を世界に広めたいという野望があり、本人も料理教室で勉強中だが、
      かなりの味音痴、料理音痴らしい。 
敏子(26):ゆみのバイト仲間で、元カリスマ・トリマー。
      にもかかわらず、ワンちゃんよりも猫ちゃんが好き。
      現在、猫4匹+茶色い(汚れ?)ウェスティのかん太を飼っている。


 最近、飼い犬のかん太と一緒にダイエットを開始した敏子だが、栄養バランスのとれた手作りドッグ・フードがなかなか作れず、仕方なく、友人のゆみに再び相談しに行った。前回、お肉増量中の「手作り」ミート・ソースで敏子を魅了したゆみだが、今回は「汚名挽回!!」と張り切って、また敏子のために新メニューを用意しているとのことだった。ちなみに、汚名は「返上」するものであって、挽回するのは「名誉」である(受験生のためのワン・ポイント・国語)。ゆみは汚名を挽回してばかりいるから、普通の料理がなかなか作れないのかもネ…。

敏子「ワンちゃんのご飯を手作りするのは、なかなか大変だよネ。あまり食べないから、と思って、お肉を増やしてやったりすると、それだけで栄養バランス崩れるし。やっぱり市販のドッグ・フードが一番楽でいいや。」
ゆみ「そうネ〜。手作りフードは、見た目は愛情たっぷりだけど、結構、バランスとれてないものが多いんだろうネ、実際は。」
敏子「で?今日のゆみシェフの手作りご飯は何なんですか?覚悟はできてるわよ。」
ゆみ「失敬だな、君は…。今日はネ〜ジャジャーン!!ハンバーグなりー!!」
敏子「…何これ。固まってないじゃん。つなぎ入れた?」
このお話、私に関係ありそうネ…。
牛さんはまだかしら?
ゆみ「何それ?合い挽き肉とタマネギのみじん切りを混ぜて、調味料かけて、あとは愛情込めて混ぜただけだけど?」
敏子「ちゃんと卵とパン粉入れなさいよ…。これじゃぁ、ただの、"挽き肉とタマネギの肉野菜炒め"じゃないのよ。」
ゆみ「あ、そうか!!焼く前に、ちゃんと叩き付けて空気抜かなかったからかな?」
敏子「だから違うって!!ちゃんと反省しなさいよ…。」

※という訳で、今回は、「なぜか固まらない、ハンバーグの怪」でした(なんか七不思議みたいになってきたな…)。で、今回のテーマは、市販のフード(ご飯)と手作り食との違いを考える、である。
 ワンちゃんは、動物分類学上、「食肉目イヌ科」に属していることからも分かる通り、元々人間によって家畜化される以前は、狩猟生活で捕獲した動物を、主として食糧にしていたと考えられている。このように、ワンちゃんは本来肉食動物だが、長い家畜化の過程で、様々な食べ物を消化する能力を身につけてきている。だって、人間と一緒に住んでたら、狩りはしなくてもいいけど、もらえるご飯は、どうせ人間の食べ物の残りになるでしょ?贅沢は言ってられないしネ…。つまり、このことから、ワンちゃんは、
「雑食性の強い肉食動物」であると言える。

 ワンちゃんの食事には、人間同様、三大栄養素のタンパク質・脂肪・炭水化物と、微量栄養素のビタミン・ミネラルが含まれていることが必要である。
(1)タンパク質…あらゆる生物(せいぶつ、ネ。間違っても、"なまもの"と読まないように)の細胞に含まれており、筋肉や血液などの、体を構成する重要な成分である。つまりこれがないと、ヒョロヒョロの筋肉になったり、貧血になったりする。
ちなみに、あるドリンクのCMで、「人間は、水とアミノ酸からできている」と言っているが、アミノ酸とは、タンパク質の元である。数種類のアミノ酸が組み合わさって、大きいタンパク質を作っていくのである。
ワンちゃんは、人間に比べると、体重1kg当たり、約4倍のタンパク質を必要とするので、良質のタンパク質を十分に含んだものを与えることが必要である。食品としては、牛・豚などの獣肉、鶏肉、チーズ、卵などが挙げられる。
(2)脂肪…栄養素の中の最大のエネルギー源で、タンパク質や炭水化物の2.25倍のエネルギー量を持っている。分かりやすく説明すると、同じ重さのタンパク質と脂肪があるとすると、タンパク質からは40kcalしかエネルギーは出ないが、脂肪からは90kcalものエネルギーが出る。
また、脂肪は、皮膚の状態を整えたり、ホルモンの元になったりするので、「太るから…」と言って、全く脂肪を摂らないのはナンセンスである。
確かに、脂肪が多く含まれているもの程、ワンちゃんにとっては嗜好性(おいしさ)が良いのだが、望むだけ与えていると、摂り過ぎとなって、肥満の原因になる。前章でも申し上げましたが、肥満は万病の元である。人間同様、糖尿病の元になったり、胸の中に脂肪がついて呼吸困難になったり、そこから咳の原因になったり。また、体重が増えれば関節に負担がかかるので、関節炎になって、関節が痛くて立てなくなって、寝たきりでウンチ、オシッコするようになって、お尻周りがグチャグチャになって…見るに耐えない姿になってしまう。なので、脂肪は、一番「適度に」摂らなくてはならない栄養素なのである。
脂肪を多く含む食品としては、牛・豚などの獣肉、魚肉が挙げられる。
(3)炭水化物…糖質と線維質を合わせたもので、タンパク質と同程度のカロリーを有する栄養素である。肉食動物であったワンちゃんは、人間との長い間の共同生活により、雑食性の食生活を身につけ、炭水化物を多く含んだ穀物や野菜を食べられるようになった。その証拠として、雑食性の強いワンちゃんの腸の長さは、肉食性の強い猫ちゃんのものよりも長くできている。消化の悪い野菜などを分解するには、より長い腸が必要だったのである。ちなみに人間でもそれは見られる。米が主食だった昔の日本人は、肉を多く食べる欧米人に比べて、腸が長く、それを収納する胴も長くなった。そのため、昔の日本人は胴長なのだが、現在、欧米と同じような食生活をしている日本人は、次第に胴が短くなって、
君はお米を食べなさい!!(ひがみ…)
スタイルが良くなっている。だから、スタイルが良い、というのも、ちょっと問題なんだけどネ(スタイルが悪い人のひがみかな?)。
また、糖質は体内で脂肪の合成源となるので、これも多く与えると肥満の原因になる。
線維質は、ワンちゃんにとっての栄養価値は低く、ほとんどカロリーはないが、便通を整えるのに役立っている。また、カロリーが低くても、水分をよく吸収するので、お腹はふくれるため、減量にはもってこいの栄養素である。
(4)ビタミン…三大栄養素のようにエネルギー源にはならないが、微量でも多くの栄養素の利用、合成に深く関係していて、ワンちゃんの健康や成長に欠くことのできない栄養素である。
ビタミンは、水に溶ける水溶性ビタミン(ビタミンB群、C)と、水に溶けない脂溶性ビタミン(ビタミンA、D、E、K)に分けられる。水溶性ビタミンは、液体である尿に溶けて、簡単に体外に出てしまうので、摂り過ぎにはならないが、欠乏症にはなりやすい。脂溶性ビタミンはその逆で、過剰症に気をつけなければならない。
ビタミンとは、動物が体内で合成できず、食べ物から摂取しなければならない物質をいうので、ビタミンAやCを体内で合成できるワンちゃんにとっては、正確には、ビタミンAやCは「ビタミン」ではない。しかし、他のビタミン類は合成できないので、食事から摂取しなければならない。でも、これらのビタミンは、バランスのとれた食事を与えていれば、自然と摂取できる。
(5)ミネラル…ビタミン同様、エネルギー源にはならないが、身体の発育や、生理的機能の調節には、なくてはならない栄養素である。カルシウム、リン、カリウム、マグネシウム、鉄、亜鉛などがある。


さて、栄養素の勉強が終わった所で、いよいよ手作り食についてである。が、いきなり言うのもなんなんですが、手作り食は全ての人にはあまりお勧めではない。
肉体的にも精神的にもゆとりのある人なら別(犬の食事に朝晩1時間かけられるくらい)であるがそれらがない人にはちょっと無理である。
ワンちゃんの栄養学上の必要量をクリアーするためには、かなりの専門的知識と手間が必要で、常に栄養バランスのとれた食事を手作りするのは、至難の業であるといえる。敏子の言っているのはよくあることで、せっかく調理した食事を、ワンちゃんが喜んで食べない場合、好みに合わせて肉の量を増やすため、栄養学的にアンバランスな内容になってしまうことが多い。なので、現在は、市販のドッグ・フードを基礎にして食事を与える家庭が多くなっている。
 ただし、ドッグ・フードも様々である。結構安くて、おいしさ、つまりワンちゃんの食いつきを重視して、栄養バランスが二の次になっているものもあれば、ちょっとお高めで、あまりおいしくはないのだが、栄養バランスをきっちり考えて作られているものもある。動物病院としては、やはり後者の、いわゆるプレミアム・フードをお勧めしたい。「ウチのコ、グルメちゃんだから、おいしそうなのじゃないと可哀想…」と感じるオーナー様もいらっしゃるかもしれないが、基本的に、
これは甘えです!!(ひがみPart2)
ワンちゃんはそんなにグルメではないし、一生同じ食事でも飽きることはない。「飽きる」とは、イコール「甘え」である。ちょっと食べなくなっただけで、違う種類のをあげたり、人間のご飯やおやつをあげてしまうと、「ちょっと我慢して食べなければ、おいしいものくれるんだ」とワンちゃんが思ってしまう。それは甘えであって、ここは愛情を注ぐべき所ではない。

 もし、ドッグ・フードを用いない場合、ワンちゃんの食事としては、魚、魚のアラ(身をとった後の頭、骨、えら)、肉類、モツ(内臓。いわゆる、「ほるもん」てやつ。この言葉は、「放るもん」、つまり「捨てる物」からきてるんだって)、鶏肉、鳥モツ、卵、チーズ等乳製品などが適している。ワンちゃんは、前述したように、雑食傾向は強まってはいるが、元々肉食獣なので、動物性タンパク質は欠かせない。別に上等の肉を与える必要はないが、米などの穀類だけではダメである(いわゆる猫まんまとか)。作るのであれば、モツやアラを少量の野菜と煮てやるのが良い。当然、何も味付けをする必要はない。
 ここで、よくワンちゃんに与えられている食品について簡単に触れる。
肉…筋肉、内臓共に消化性が高く、良質のタンパク質、鉄、ビタミンB群の供給源となる。中でも鶏肉は、脂肪分も低く、あげても太りづらいので、お勧めである。ただし、鶏の骨は、折れると鋭い切り口になるので、絶対にあげてはならない。食道とか胃腸に刺さるよ、マジで。また、獣肉や鶏肉などの肉(筋肉)は、一般的にリンの含有量が高く、カルシウムの含有量が低いので、肉ばかり長期的に与えていると、カルシウム不足から、骨の異常や下痢、皮膚病、腎臓や肝臓の機能障害等を起こす。じゃぁ、なんで、アフリカのイヌ科の仲間は肉ばかり食べていても大丈夫なの、って思うでしょ?答えは簡単。彼等は、筋肉だけではなく、内臓なんかもしっかり食べているんです。
牛乳…鉄とビタミンD以外の栄養素のよい供給源である。しかし、牛乳の中には、乳糖という糖分が多く含まれていて、これを分解できないワンちゃんは下痢をしてしまう(全体の3割位かな?)。そういうコにはあげないほうが良いが、牛乳飲んでも下痢しないコにはあげても大丈夫である。また、どうしても乳をあげたい、というのであれば、ワンちゃん用の粉ミルクをあげて下さいな。
卵…ビタミンCと炭水化物、カルシウム以外のよい供給源である。しかし、「生の」卵白はビタミンの一種であるビオチンの利用を妨げるので、調理してあげなければならない。
野菜・穀類…ジャガイモやニンジンのような根菜、または穀類に含まれているデンプンは、生のままだと消化不良を起こすが、過熱すると消化しやすくなり、エネルギー源となる。
イヌ舌って…言わないよネ。熱くないの?
ただし、イモ関係は、野菜といえども結構カロリーが高いので、肥満に御用心である。また、タマネギなどのネギ類は、タマネギ中毒(当院ホーム・ページの医療情報を参照)を起こし、ワンちゃんが貧血を起こすことがあるので、絶対に与えてはならない。これは、タマネギを煮込んだ汁でも同様に起こるし、ハンバーグみたいに一見タマネギが入ってないような料理でも起こるので、かなりの注意が必要である。また、お米は、ほとんどが炭水化物なので、良いエネルギー源となるが、お米中心の食事では、他の栄養素が不足しやすい。


教訓:
一、片手間で手作り食を作る位なら、専門家が栄養バランスをしっかり考えて作り出したドッグ・フードを使用すべし!!
二、手作り食を作るなら、各食材の特徴をしっかり勉強してから使うべし!!人間とワンちゃんでは、食べて良い物と悪い物が違うので要注意!!


次回、市販のドッグ・フードを、もっと掘り下げて見ていきましょう。


獣医師:斉藤大志



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