第十二章:ワンちゃんの老後

12-4:ペット・ロス

この章からワンちゃんの老後のお話になるということで、非常に残念ですが、今までのような、おチャラけたコントはなし、ということでいきたいと思います。なぜなら、この章は、ワンちゃんの老後の変化にとまどう飼い主様、愛するワンちゃんに近づく死という現実を、どのように受け止めるべきかお悩みの飼い主様、長年連れ添ったワンちゃんが亡くなり、途方に暮れる飼い主様を、少しでも救って差し上げるため、少しでも心の支えになって差し上げるための章であると、作者が認識しているためです。
 ですから、今までとは少し雰囲気を変えて、味は出しつつも、真剣に一つ一つのテーマに取り組んでいこうと思います。ショート・コントを楽しみにして下さっている、マニアックな(?)飼い主様には申し訳ないのですが、皆さんも、ちょっと気持ちを切り替えて、真剣に読んでやって下さい。

長い道のりでしたが…あと少し
※さて今回は、48回に渡って紹介させて頂いた、どうぶつとくらすマニュアル犬編、堂々の最終回、ペット・ロスに関してである。

「ペット・ロス」…テレビでも雑誌でも、最近、よく聞く言葉であるし、それに関する書籍も多数書かれている。要するに、「最愛のペット(最近は、コンパニオン・アニマル:伴侶動物とも言うが)を失った(ロス)飼い主様の深い悲しみ」を指す言葉であるが、これがなぜそこまでの話題になるかというと、愛する動物を失ったという事実以外に色々な要素が加わって、(まれではあるが)精神科医などの専門家の助けがないと、その悲しみから立ち直れない、というケースが増えつつあるからである。
獣医療の発達や核家族化、
小志か?…いいえ、少子化です。
(友情出演:斉藤小志)
少子化に伴い、人間と動物との絆が強まってきたため、このような問題が出てくるのも当然のこととうなずけるのだが、中には、「動物のことで、こんなに悲しんでいるのは自分だけではないか?」「こんなに長い間、悲しみを引きずっている自分は異常なのではないか?」と、ドンドン自分の世界にだけ閉じこもってしまう方もいらっしゃる。

これは、人間の死と動物の死の間に存在する壁、考え方・捉え方の違いが生み出すものなのである。その違いとは、一つは、動物の場合、葬儀などの、一般に広く受け入れられた社会的習慣があまりないため(近年、増えつつはあるが)、悲しみを表現する機会がないことである。もう一つは、動物を失った悲しい気持ちを理解し、同情して話を聞いてくれる専門家や、知り合いを探すのが難しい、ということである。素直な自分の気持ちを話すと、一般的な社会の受けとめ方として、「たかが犬じゃないの…」といった何の役にも立たない言葉を浴びせられる恐れがある。そんなことなら、自分の気持ちを心の奥底に押し込めておく方法を選び、その代り、感情を表現して処理することができないので、いつまでも悲しみが消えない結果となる。
つまり、ペット・ロスから立ち直るのに必要なのは、悲しい気持ちを外に向かって表現するための「機会」と「相手」なのである。
現実的な話になるが、人間は、悲しみなどのストレスを感じた時、泣くと落ち着く、というのは経験から分かっている方も多いのではないだろうか?思いきり涙を流した後は、妙に冷静になれるものである。つまり、悲しい時は泣いてしまった方が良いのである。悲しい時は我慢せず、その気持ちを素直に誰かに表現すべきである。そうすれば、悲しい気持ちを整理することができ、前向きな考え方ができると思う。
しかし、ここで重要なのは、周囲の人の反応なのである。そのような悲しみをぶつけられた時に、「たかが犬じゃないの…」という態度をとってしまっては、元も子もない。なので、ペット・ロスから立ち直るには、「自分の考え方」だけではなく、「周囲の人の心遣い」も重要になってくるのである。

ただし、心遣いも、この場合、非常に微妙で難しい。動物を失った方々は、ちょっとした言葉、態度で、大きく傷ついてしまうので、周囲の人はかなり神経を使うことになる。なので、まずは、動物を失った人がどんな行動、思考をとるのかをある程度理解しておこう。それらを知ることにより、まずはアドバイスをすることができる。「動物が亡くなって、もしかしたら、あなたは、こんな行動をとったり、こんな考え方をするかもしれませんが、それは普通のことです。誰もが経験することです。決して異常ではありませんので、安心して下さい。」と。

ぼーっとしてしまうことも、ありますよ、ネ
行動としては、泣く、眠れない、食べたくない(逆に、やたらと食べたい)、思い出の場所に行く、思い出の物を持ち歩く、極端に動きたがる(悲しみを忘れるため。逆に、ぼーっとして無意味な行動をとることもある)、ため息をつく、家にひきこもったり人に会わず、社会的な活動から遠ざかる。これらは、周りから見ていても分かることなので、早々に気付いてあげられれば、アドバイスをおくることができる。


次に、本人しか分からない症状として、胃が痛い、吐き気、息苦しい、疲れやすい、体が痛い、肩こり、時間が長く感じる、幻覚を見る、幻聴を聞く…時に、難聴やじんましんになることもあるようである。あとは、亡くなった動物の夢をよく見るというのもよくある話である。
あとは、本人しか分からない、気持ちの問題。孤独感、怒り(自分自身へ、動物病院へ、神様へ、健康な動物と暮らしている人々へ…)、罪悪感(もっと早く病気に気付いてあげられれば…といったこと)、困惑、絶望、否定(動物の死を受け止められず現実逃避する)、混乱、集中力の低下…時に、解放感(動物が苦しみから解放された、という安堵感)を感じることもある。

このように、ペット・ロスの症状が出て、困惑している人に対しては、周囲も声をかけてあげることができる。ただし!!ここでも注意が必要である。良かれと思って言った言葉が、裏目に出てしまうこともよくある。例えば、同情するような言葉や、決まり文句のお悔みの言葉、他の症例と比較した言葉である。あなたの場合はまだ良かったのだ、という意味で、「〜さんのところの〜ちゃんはもっと大変だったんですよ。」というようなことは禁句である。自分の所が大変ではなかった、と言われたところで、何の助けにもならないのである。ほかにも、しかったり、説教したり、元気づける話をするのもあまり良くない。「頑張って!!」や「そんなに悲しんでいると、亡くなった子が成仏できないよ。」も一見良さそうだが、ダメである。また、よくありがちなのが、「次の子を飼って忘れなよ。」だが、これは最悪である。飼い主様が、亡くなった子のことを忘れる、ということは、ほとんどあり得ない。愛着が薄れていき、思い出に消化できることはあるかもしれないが。しかも、「絶対に忘れないよ!!他の子なんか絶対に飼わないから!!」という忠誠心に似た感情を抱いている飼い主様もいらっしゃるので、そのような方に、「次の子〜」は御法度である。
では、どのような言葉をかけていけば良いのか?一番良いのは、悲しい気持ちを話すように勧めること、ゆっくりと悲しみの時間を持つように勧めること、つまり、悲しい気持ちを受け入れてくれる場所を作ってあげることである。例えば、同じような境遇の人達の集まりに参加するよう促す、インターネットでペット・ロスのページを紹介してあげる、また、
生前の思い出話、たっぷり聞かせて下さい
お葬式を開くのも一つである。生前、ワンちゃんを可愛がってくれた近所の方々をお呼びして、思い出話を語ったりするのも良いし、お骨、灰などを、当面、身近に置くことを勧めるのも一つの方法である。どのような方法でも良い。とにかく、悲しい気持ちを中に閉じ込めずに、外に出し、誰かと共有し、少しずつ、和らげていけば良いのである。急ぐ必要もない。亡くなった子との思い出は一生消えないのだから、一生かけて消化していく位の気持ちでも良い。



「まだとても次の子は飼えない。」と、おっしゃっている方
でも、飼い主を探している動物との偶然の出会いがあったりすると、驚く程スムースに、新しい動物との生活を始めることができることもある。私、作者も、動物病院で働くスタッフの一人ですから、「もう二度と動物は飼いたくない。」とおっしゃる方がいらっしゃると、悲しくなります。動物とのふれあいは、言葉では言い尽くせない程、人生の中での貴重な体験だと思います。それなくして、潤いのある人生は送れない、とも思ってしまいます。人それぞれ、考え方の相違はあるかと思いますが、一人でも多くの方々が、動物のいる生活に幸せを感じ、一人でも多くの動物が、人間との生活に安らぎを感じてくれれば、と切に願います。

教訓:
一、愛するワンちゃんが亡くなった時、ペット・ロスになるのは当たり前。その悲しい気持ちは、少しずつ外に解放し、少しずつ消化していけば良い、と心得よ!!


以上で、どうぶつとくらすマニュアル犬編の〆とさせて頂きます。約一年間、ご愛読して頂いた読者の方々には、大変感謝しております。どうもありがとうございました。これからのワンちゃんとの生活に、少しでもこのマニュアルが役立ってくれれば、毎週のように徹夜して原稿を書いた作者の努力も報われるというものです(笑)。

著者近影
今後は、少しお休みを頂き、その後、新企画「どうぶつとくらすマニュアル猫編」が始まります。こちらも有意義なものに仕上げていきたいと思いますので、是非、ご愛読下さい。


獣医師:斉藤大志






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