第十章:ワンちゃんの救急箱

10-4:救急ア・ラ・カルト

登場人物

拓也(21):大学生。磨井子の家も追い出され、
      途方に暮れていたところを、弟分の慎也に拾われた。
      両親が動物好きなので、それなりの(?)知識を備えている、つもり。
慎也(20):大学生。拓也の後輩で、家でハスキーを飼っている。
      基本的に動物好きなので、路頭に迷う拓也を、
      捨て犬を拾う気持ちで保護してしまい、一時的に同棲している。

 前回のケンカで、すっかり険悪ムードの二人。拓也は一人、シクシク泣きながら、台所で料理のお片付けをし、慎也はブスッと不貞腐れて、コタツでテレビを観ていた。ハー君はというと…あれ?ハー君は?

慎也「あーっ!!ハー君、何してんだよ!!」

何気なく慎也が台所の方を振り返ると、ネズミ捕り(ゴキブリホイホイのネズミ版)に引っ掛かり、前足ベトベトで困った様子のハー君がいた。ネズミ捕りに引っ掛かり、体裁が悪くて自分で何とかしようとしてなのか、ただ単に気持ち悪くてなのか、はたまた喜んでなのか、前足を振っていたら余計ベトベトが広がったらしく、ベトベトはかなり広範囲に渡っていた。

慎也「どーすんだよ、これ…。ベトベトの毛、全部刈るしかないかな。部分的丸刈リータか…(当院併設のトリミング・ルームでは、全身バリカンで刈ってしまうことを、カクテルのマルガリータと丸刈りを掛けて、丸刈リータと呼ぶのである)。」

こんないいコなら楽ですが…
そこへ、「私はあなたの救世主」とばかりに、右手にサラダ油、左手に中性洗剤と犬用シャンプーを持った拓也が現れ、仁王立ちして叫んだ。

拓也「私に任せなさい!!ベトベトの付着物は、この3点セットでカンペキよ!!」
慎也「…え?それでどーすんの?」
拓也「まぁまぁ、任せなって…ん?あれ?しまった。ハー君の前足に油かける前に両手で触ったら、ハー君と一体化しちゃった…。」
慎也「何やってんだよ。ほら、どいてみ…ん?あれ?オレもくっ付いちゃった。スゲー強力。取れないー!!」
拓也「これでいつまでも3人一緒ネ。119番もできないし。」
慎也「助けてえええぇぇぇ………」

※御愁傷様でした。拓也と慎也、&ハー君のその後を知る者はいません。作者も考えてないので、多分誰も知りません。生きていたら、またどこかで会えるでしょう。

 という訳で、今回は、色々な事故、症状に出会ったら、どうすれば良いかを、ケース毎に紹介しましょう。これで全てではないが、当院の夜間緊急回線に来るケースで、多いものを挙げてみた(交通事故と異物を飲んだのは10-1、10-2でやったから割愛)。まぁ、時々、夜間回線に「トリミングの予約お願いします。」と連絡される飼い主様もいらっしゃいますが、できれば(必ずです…)、昼間にお願い致します…。


・毒物や異物が皮膚についた
ハー君のネズミ捕りや、鳥もちならまだ良いが、何らかの事故で、大量の殺虫剤、農薬、タールなどがワンちゃんの皮膚に付着することがある。その場合、重要なのは、素早く洗い流すことと、それらがワンちゃんの口に入らないようにすることである。汚れた毛は丸刈リータが一番良い。毛なんかまた生えてくるんだから。有毒物質を付けたまま処置が遅れて皮膚がただれて、治っても毛が生えてこない…ということに比べてみなはれ。で、できるだけ刈ったら、水で洗い流し、ベトベトの物なら、サラダ油やバターを塗り付けて取り除く。十分に取り除いたら、中性洗剤で油を洗い流して、できれば仕上げはワンちゃん用のシャンプーで。ちゃんとドライヤーなどで乾かすのも忘れずに。農薬などの薬関係が付着した場合は、中毒になる恐れもあるので、一見元気でも、一度動物病院で診てもらいましょう。有機リン製剤(農薬で多い)は時間が経つほど具合が悪くなるものが多いので要注意である。また、洗い流すことができない場合は(暴れたり、道具がない場合)、ワンちゃんが舐めないような処置をして、すぐに動物病院へ連れて行く。例えば、濡れた所をタオルで巻いたり、全身(頭だけ出すようにして)タオルでグルグル巻きにしたり、あるなら口輪やエリザベス・カラー(首の周りにつけるラッパみたいなやつ)をつけるのも良い。


・やけど
やけどの原因も何種類かあり、その種類によって、対処法も異なる。例えば、熱によるやけど。煮えたぎるお風呂に落ちた、テンプラ鍋に突っ込んだ、火事の家から逃げ出してきた…などなど。この時の基本は冷やすこと。しかも氷嚢やアイスノンのように患部に直接つける物より、流水で冷やすほうが痛くなくて良い。これをやっておくだけで、やけどで壊死する組織を最小限に食い止められるし、やけど後の発熱も防げる。
冷やし過ぎだって…
ただし、冷やし過ぎに注意。やけどした場合、その後一週間は、皮膚の状態はドンドン悪くなると考えておいたほうが良い。なので、基本的には、応急処置後は、動物病院に入院か、毎日通院となる。皮膚は真っ赤に腫れ、ただれ、壊死していく。で、一度全部壊死させてしまった方が良い。しかし、そうなると痛いし、そこの所から水分が抜けていくので、運動させないため、水分補給の点滴のため、やはり入院がお勧めである。
その後、きれいに皮膚を治癒させていく。必要なら皮膚移植もする。やけどの治療は時間とお金がかかるのである。だから、一番良いのは、そうならないこと。お風呂をわかす時、料理する時は気をつけましょうネ。火事は防げないけど。また、火事の場合は、その煙や熱で、気道をやられ、数日後に肺に水がたまって(肺水腫)、呼吸困難になる可能性があるので、要注意である。
他にも、化学薬品によるやけどもある。基本的には、異物が皮膚についた時と同様に洗い流すが、物が分かっている時、例えば、酸性の液体がついた時は、家庭にある重曹(炭酸水素ナトリウム)を水に溶かしたアルカリ性の液体をかければよいし、逆にアルカリ性の液体がついた時は、家庭用の酢を水と半々で混ぜた酸性の液体をかけて、中和するとより効果的である。
他、10-2でも書いた感電によるやけどもある。この場合、まず注意するのは、感電している動物に触って、自分が感電しないこと。感電後の肺水腫に気をつけること、である。


・熱中症
10-3で書いたので割愛。基本は、首や頭や、大きい血管が通っているところ(脇、内股)をすぐに冷やすこと。特に夏場、車にワンちゃんを置き去りにして、パチンコに行ったりしないこと。


・出血
動脈(ドクドク脈うつ血管。血圧高い)や、大きい静脈(脈うったりはしないが、大量の血液がたまっている。血圧は低い)を傷つけると、大量に出血し、ショック状態に陥ることがある。その場合、すぐに止血する必要がある。基本は圧迫。血が出ている所を押さえる。もしくは、血が出ている所より上の(心臓に近い側の)動脈を押さえる。ワンちゃんでこれができるのは3ケ所しかない。上腕動脈(肘の内側を走る)、大腿動脈(内股を走る)、尾動脈(尻尾の付け根の腹側、上から見て見えない側を走る)の3つである。つまり、前足の先からドクドクと真っ赤な血(動脈血は鮮やかな赤、静脈血は赤黒い)が流れていたら、まずは出血しているところを押さえ、それでも止まらなければ肘の内側を押さえる。一人の時は止血帯(ひもでも可)で押さえると良い。で、動物病院へ急行である。
あとネ…以外にあるのが、自宅でワンちゃんの爪を切ってて、深爪しちゃって血が止まらないってパターン。当院ホーム・ページのお手入れマニュアル第5回「爪のお手入れの仕方」にも載っているが、出血してしまった時は、
お手入れは必要だけど…気を付けて!!
クイック・ストップ(ペット・ショップでも売っている)という粉薬を指に少し取り、出血した所に押し当てる。すると化学的にそこを焼くことになり、血が止まる(爪以外に使用しないこと!!)。これがなかったら、代用品として、お線香の灰、あるいは、燃やし終わったマッチの頭の部分をつけてあげると、止血することができる。が、ここで一つ注意点!!熱いままではなく、冷ましてから付けてあげて下さいネ(本当に焼いてしまったら困ります…)。

あとは…鼻血も時々ある。事故の時にも出るし。鼻血は、鼻自体から出ているのであれば(肺からの出血とかでなく)、たいていすぐに止まる。応急処置するなら、鼻の上に冷湿布を貼ると良い。パグのような短頭種だと無理だけど…。

・横隔膜ヘルニア
10-1の交通事故のところで書き忘れたが、腹部に強力な衝撃が加わると(交通事故に限らず、高い所から落ちたとかも)、横隔膜と呼ばれる、胸とお腹を分けている膜が破れることがある。それだけなら症状は出ないが、お腹の臓器が、その破れた所を通って胸の方に入り込んでくると、肺が膨らみきれずに、呼吸困難になる。これを横隔膜ヘルニアと言い、ワンちゃんよりは猫ちゃんに多く見られる。この場合、応急処置としては、頭を体より高くすることで、胸に入り込んだ臓器をお腹側に一時的に戻す処置をとる(背骨を傷めてそうなワンちゃんは、あまり動かさないほうがいいけどネ)。なので、事故後、妙にお腹が小さくて(臓器が胸の方に移動している可能性大)、呼吸困難になっているワンちゃんがいたら、やってみて下さい。それだけで、呼吸が落ち着くかも。

・胃拡張と胃捻転(いねんてん)
詳しくは、当院ホーム・ページ医療情報を参照のこと。胃拡張は、原因は解明されていないが、胃の中にガスが充満し、胃が極端に膨張する。ほとんどの場合は、胃捻転によるものである。これは、「大型で胸の深いワンちゃん」が、
食後の運動は控えましょー!!
「大量の食餌をとった後に運動する」と発症することが多い(時々、老齢の小型犬でも発症する)。お腹の中で、胃がグルッとねじれて、入り口も出口もふさがれた状態で、胃の中にガスがたまっていくと、最初はソワソワし、「落ち着きがなくなり」、「だんだんお腹が大きく」なってきて、それに伴って、肺や大きい血管が圧迫されて、「呼吸困難」や「ショックでグッタリ」の状態になる。
放っておくと…ショックか胃の破裂で死に至る。これに対する応急処置は…動物病院へすぐに連絡して、ワンちゃんを連れて行くことである。なぜなら、この病気は、確実に緊急手術が必要になるからである。この病気、特に夕飯後の散歩の時に起こるので、夜間に来ることが多い。だから、動物病院もスタッフを叩き起こして集めて、ワンちゃんが来たらすぐに手術に入れるよう準備しておく必要があるのである。緊急手術が必要なのは、胃捻転か帝王切開だけ、と言っても過言ではない。

・ワクチンの副作用
5-1でも書いたが、ごくまれに、ワクチンに対して過剰に反応してしまい(アレルギー)、顔面が腫れたり(ムーン・フェイス)、
このコは顔が腫れているのではありません
吐いたり、グッタリしたり、けいれんなどの症状が出る時がある。多いのは接種後、30分から数時間の間。その場合は、早めに獣医師に連絡をとり、必要な処置をとらなければならない。放っておくと、命に関わる程の重い症状になることもあるからである。なので、この場合は、すぐに動物病院へ連絡をとり、ワクチンの証明書持参で、急いで来院すること。

…とまぁ、ここまで書いてきて、そろそろ自宅でできる応急処置が尽きてきたことに気付く作者。その他の緊急の症状は、けいれん、突然の吐き、血便など色々あるが、自宅でできる処置はあまりない。ので、あとは動物病院へ連絡して、すぐに連れて来て頂いて、診せて頂くほかありません。

教訓:
一、いきなり応急処置しろと言われても絶対に無理。前々から病気と症状について勉強し、いざという時に備えるのも、飼い主様の義務であると心得るべし!!
二、病気についての勉強に関しては、当院ホーム・ページの医療情報を観るべし!!(宣伝?と疑うなかれ)


次回からは、ワンちゃんの出産についてです。お楽しみに〜!!



獣医師:斉藤大志



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