第十章:ワンちゃんの救急箱

10-3:意識がない?

登場人物

拓也(21):大学生。磨井子の家も追い出され、
      途方に暮れていたところを、弟分の慎也に拾われた。
      両親が動物好きなので、それなりの(?)知識を備えている、つもり。
慎也(20):大学生。拓也の後輩で、家でハスキーを飼っている。
      基本的に動物好きなので、路頭に迷う拓也を、
      捨て犬を拾う気持ちで保護してしまい、一時的に同棲している。


 朝食を食べ終わった二人と一匹は、テレビを観ながら、午前中のまったりした時間を過ごしていた(あれ?学校は…春休みということで…)。テレビでは、海外のニュースで、体重20kg以上に丸々と肥え太った猫のニュースをやっていた('03年2月19日現在で、実話である)。

慎也「すげーな、この猫…。ハー君も食っちゃ寝ばっかりしてると、こいつみたいになっちゃうぞ。全く、すやすやと寝ちゃってさ。」
さて、このコは寝てる?起きてる?

拓也「あれ?ハー君、ピクピクけいれんしてないか?」
慎也「ん?あー、これネ。夢見てるんスよ。犬も人間と同じで、夢見て、バタバタしたりするからネ。」
拓也「でも、まぶたもピクピクしてるし…ヤバいよ、これ。さっきハンバーグも食べたし、俺の手も食べたし(正確には、かんだし)…きっと中毒だよ!!」
慎也「だから違うって…って、おい!!何やってんだよ!!」
拓也「見て分かるだろ。人工呼吸と心臓マッサージだよ。1、2、1、2…。ぶちゅーーー、ふーーー。」

バキッ!!ガスッ!!

拓也「痛っ!!何すんのよ。」
慎也「あんた!!ただ寝てるだけで、心臓動いてる犬に、心臓マッサージすることがどれだけ危ないか知ってんのか?永遠に覚めない夢見させるぞっ!!」
拓也「…愛の鉄拳ネ…効いた。」
慎也「…お願いだから、出てって下さい。」

※まぁ、いつものことなんで、先に進みましょう。今回は、本当に重症、緊急性を伴う症状が出た時、動物病院に連れて行く前に何ができるか?というお話である。

 今回は、本当に命に関わるお話で、難しい言葉も出てくるので、説明を加えながら進めていきましょ。

グッタリ…こんな時こそ落ち着いて!!
 飼っているワンちゃんが、気付くと横たわってピクリとも動かない。そんな時、飼い主様は当然パニックになるが、まずは落ち着いて、生死の確認をすべきである。つまり、既に亡くなっているのか、意識を失っているだけなのか(意識喪失)の確認である。
 死亡している場合、心臓は動いていないので、胸を触っても心臓の拍動は感じられないし、股動脈(内股の動脈。後ろ足のうちまたの付け根を走っている)もピクピクしていない(でも、心臓は動いていても股動脈が動いていないこともある)。
これが3分以上続く。これらに関しては、正常な時が分かってないと、いきなり異常な時に触っても分らないので、普段から触って確認しておくと良い。意識喪失の場合は、拍動は遅いかもしれないが(徐脈)、一定のリズムで拍動している。
 死亡している場合、呼吸は認められないが、時々、チェーン・ストーク呼吸(間隔が長くて、深くて、発作的なあえぐような呼吸。言葉での説明は難しいですネ…)が観られる。これを見て、「あ〜、呼吸してる。良かった…。」と思ってはいけない。この呼吸は死の前兆であるし、既に死亡している時でも出ることがある。意識喪失の場合は、呼吸していないこともあるし、普通に呼吸していることもあり、様々である。
 死亡している場合、体温はどんどん低下していくので、15分以内に低下していくが、意識喪失の場合は、体温は一定で保たれている。また、死亡している場合は、筋肉が死後硬直していく。それは、12時間以内に全身に及ぶが、室温や死因により異なる。
そんな眼なら…大丈夫だネ
 また、死亡と意識喪失を見極める上で重要なのが、「眼」である。死亡している場合、角膜(眼球の正面の表面にある透明な膜。眼球の表面の膜は、2つしかなく、白目の部分が強膜、それ以外が角膜である)は乾燥している。瞳孔(黒目の部分。外からの光を眼の内部に入れる窓)は完全に散大し、光をあてても、まぶしくて閉じるということはない(対光反射の欠損)。また、体の反射(意識しないで勝手に起こる反応。膝を叩くと膝から下がビヨーンと伸びるのは膝蓋腱の"反射"である。あれって、意識してなるもんじゃないでしょ?)は、死に向かって徐々になくなっていくが、角膜反射だけは最後まで残っている。角膜反射の確認は、角膜に、湿らせた脱脂綿の端を軽く接触させて行う(角膜は傷付きやすいので要注意)。
これでまばたきをしなかったら…死んでいるか、もしくは、死んでいないが、角膜を動かす筋肉、神経が壊れているかの、どっちかである。意識喪失の場合の眼は、角膜は適度に湿っていて(まぶたが動かない時は、やはり乾燥している)、瞳孔は、完全に散大することはなく、対光反射も通常認められる(眼が麻痺しているときはない)。角膜反射も、通常は認められる。
 このようにして、死亡と意識喪失を素早く見極めるのも、重要なことである。ただし、ここで注意点がある。一つ、重症には変わりないので、早々に動物病院に連絡する。二つ、上記のことだけで判断せず、少しでも不安な点があったら、獣医師に確認してもらう。死んでると思って諦めて、実は意識喪失なだけで、放っておいたことで死に至ったのでは…泣くに泣けない。三つ、けいれんなどの発作を起こしていた動物に対しては、反射の確認をしてはならない。なぜなら、その確認が刺激になって、発作が再び起こってしまっては元も子もないからである。以上、気を付けましょうネ。
 あとは、細かいことですが…できれば、意識喪失の程度も分かると、電話で動物病院に連絡する時、とても分かりやすい。動物病院で使用する言葉で、「昏睡」というものがある。これは、意識喪失の一種で、起こそうとしても動物が目を覚まさない状態を言う(ちなみに、なんとか目を覚ますのは昏迷という)。この状態の時は、足先を強くつねっても、引っ込めるという反射(屈筋反射)もなく(ちなみに昏迷の時は、屈筋反射はある)、瞳孔反射もなくなってくると、死の直前と言わざるを得ない。


 さて、お次ぎは、そのような時の処置、蘇生法などに関してである。まずは意識の確認のため、患者の肩を叩きながら、「もしもし、大丈夫ですか?」と大きな声で確認する…というのは、人間の場合でしたネ。自動車教習所で習ったっけ…。

 まず重要なのは、気道の確保である。首輪がきつければ外し、首に何か巻き付いていればほどき、横倒しにして(可能なら右側を下に。なぜなら、全身に血液を送る上で、心臓の左側が重要だから。そこはなるべく圧迫されないほうが良い)、頭と首をまっすぐに伸ばし、前足を前に引く(前足が上に乗っていると、胸が動きづらい)。で、口の中に手を突っ込み、舌を引っ張る。この時、口の中を観察し、何か詰まっていたら取り出し(でかいオモチャとかボールとか)、
遊ぶオモチャにも気を付けて!!
液体などで詰まっていたら拭ってあげる。もし、異物は見えるけど、取り出せないようなら、できるだけ異物を横にどかしてやる。この時の注意点は一つ。いきなり意識が回復してガブッとくる動物もいるので、要注意で事に望むべし!!また、のどに物がつかえた動物は、窒息ですぐに死亡してしまう可能性もあるので、もし、物がのどにつかえたことがはっきり分かっているのだったら、多少強引でも、素早く吐き出させる必要がある。まずは、後ろ足を持って逆さまに吊るしてみる。大型犬だと結構つらいものがあるが、有効な手段である(実際には小型犬にしかできません)。
無理なら、少しでも頭を下にして、後ろ足を上にする。で、それでも吐かないようなら、「ハイムリッヒ操作」というものもある。
これはあまり、素人判断でやって頂きたくはないので、やり方だけ書いておくと、動物を逆さに吊るした状態で、胸骨(胸の部分の、背骨と反対側にある骨。うつ伏せになると地面につく骨)の一番下当たり、人間でいうところのみぞおちの所を、少し頭側に向かって、こぶしで強く叩く(限度がある。ボブ・サップは禁止)。それでもダメならそこを挟むようにして、あばら骨のところを左右から叩く。このハイムリッヒ操作は、4回までは繰り返して良いが、そこまでやって効果がなければムダなので、胸の中を傷付けないうちにやめておく。もう一度言っておくが、素人判断では絶対にやらないこと!!どうしても動物病院に行けない時の、本当に緊急の処置である。

 気道の確保が終わったら、次は心臓マッサージである。ここで注意点が一つ!!慎也も言っているが、心臓が動いている動物に対して心臓マッサージをするのは、危険が伴うことである。なので、本当は動物病院でやる方が良い。もし、どうしても動物病院に行けず、確実に心臓が止まっていたら、心臓をマッサージする。場所は、胸の中央の、前足の肘のちょっと後ろ辺り。そこを、小型犬なら0.5秒間隔で、大型犬なら1秒間隔で、リズミカルに圧迫する。これを心臓の動きが安定するまで続けるのだが…できれば、やりながら動物病院へかけつけましょう。

 心臓マッサージと同時に、呼吸が止まっている、または呼吸が遅い時は、人工呼吸を加える。拓也みたいに、いきなりブチューはなしである。まずは、動物を横にした状態で、胸の中央を強く押す。胸の部分は弾力があるので、押して離せば、その弾みで胸が膨らみ、肺に空気が入る。これを、5秒間心臓マッサージをしたら1回人工呼吸の割合で行う。なので、これらの処置は、2人いると楽である。ただーし!!これにも欠点がある。交通事故などで胸をうっている可能性のある動物にはこれをやってはいけない。もし、ろっ骨にひびが入っている状態で人工呼吸を行うと、ろっ骨が折れて肺や心臓に突き刺さるからである。じゃぁ、この時はどうするか?そう、ブチューである。しかし、人間と動物ではやはり違う。人間はマウス・トゥ・マウス(口と口)だが、動物の場合は、マウス・トゥ・ノーズ(口と鼻)蘇生法である。やり方は、動物の舌を引っ張り出した状態で、片方の手で口を閉じ、口から空気がもれないようにする。で、人間はマスクをし(直接、動物の唾液や吐いた息を吸い込まないように!!)、鼻からゆっくりと息を吹き込む。吹き過ぎると、肺が膨らみ過ぎるので、要注意である。胸が軽く動く程度で良い。ちゃんと口を閉じないと、鼻から入れた空気が、肺に入らず、口からもれていくので、もったいないっす。
 あとは…もし携帯酸素なんかがあったら、それを嗅がせる。大量出血が見られたら、とりあえず手で圧迫して止血する(10-1参照)などが必要である。

 最後に難しいのが体温の管理。なんかグッタリしている動物を見ると、温めて安静に…と考えるのが人
加温よりも保温が大事
情である。が、例外がある。
 一つは熱中症。真夏に車の中に閉じ込められて、体温調整ができない位の高熱になる、あれである。この場合、体はものすごい熱を持っている。触れば分かる。こんな時、温める人はいない。早急に体全体を冷やす必要がある。まずは首の回り。熱い血液が頭に回ると、脳が壊れていくので、それをまず防がないといけない。なので、まず冷やすのは、大きい血管が走っている首の回り、および、直接頭を冷やす。次に、内股、脇の下などの太い血管が走っているところという感じである。ただし、それでも体温が下がらない場合は、水風呂につける、お尻の穴から直腸に冷水を流し込むなどの処置が必要だが、危ないし、冷し過ぎにも注意なので、これらは動物病院に任せましょう。
 もう一つはショック状態の時。ショックとは、血液の量が減ってしまうことで(出血、脱水、激しい嘔吐・下痢などで)、脳、心臓、肝臓、腎臓などの重要な臓器に血液が集中する。なんでかというと、例えば、足先なんかは、別に血液が行かなくても、すぐに死んだりはしないでしょ?皮膚だって同じ。すぐには死なない。でも脳に血液が行かなかったら、すぐに死んでしまう。だから、ショックの時は、足先とか皮膚は冷たくなる。でも、だからといって、この時、体を温めてはいけない。なんでかというと、皮膚を温めると、皮膚の血行が良くなって、皮膚に血液が流れてきて、大事な所に行く血液が減ってしまうから。じゃぁ、どうすんの?というと、なんてことはない。原因が分かるまでは、どんな動物もあえて温めはせずに、これ以上、体温が逃げないようにすれば良いのである。だから、カイロや湯たんぽよりは、厚い毛布でくるむだけの方が良い。

 で、一応、自宅でできる応急処置をお話しましたが、一番良いのは、それらをしながら、動物病院へ急行すること。で、病院に着いたら、今までの症状、経過、応急処置でしたことを、落ち着いて獣医師に話す。それができれば、パーフェクト。あとは、獣医師にお任せ下さい。


教訓:
一、意識のない動物にやってあげられることは多いが、絶対に素人判断で行うのはやめるべし!!不安があったら、獣医師に相談しながら行うべし!!


今回は、緊急蘇生処置で終わってしまったので、次回こそ、いろんな症状について、細かくやっていきましょう。軽症のものもネ。



獣医師:斉藤大志



戻る