第十章:ワンちゃんの救急箱

10-2:変な物を口にしたら

登場人物

拓也(21):大学生。磨井子の家も追い出され、
      途方に暮れていたところを、弟分の慎也に拾われた。
      両親が動物好きなので、それなりの(?)知識を備えている、つもり。
慎也(20):大学生。拓也の後輩で、家でハスキーを飼っている。
      基本的に動物好きなので、路頭に迷う拓也を、
      捨て犬を拾う気持ちで保護してしまい、一時的に同棲している。


 なんとか交通事故の恐怖から逃れたハー君は(まぁ、恐怖だったのは、バイクの運転手だったんだろうけど)、拓也、慎也の二人と共に、朝の食卓を囲んでいた。メニューは、拓也が製造したこってりハンバーグ…大根おろしにきざみネギの乗った和風ハンバーグであった。朝からネ。

拓也「いただきまーす!!」
慎也「モグモグ…おっ、おいしいネー。なかなかいけるよ、先輩。朝からこってりだけど。あんたはいい主婦になりそうだネ。」
拓也「そ、そう?嬉しい…(あなたがもらってくれちゃったりしてもいいのよ…)。」

そんなふうに、
仲良きことは美しきこと、かな?
二人がラブラブ(?)な世界を作り出している時、食欲に負けたハー君は、花より団子とばかりに、二人のハンバーグを風のようなスピードでかっさらった。ついでに、ハンバーグを突いていた拓也のフォーク、及び、拓也の左手にまでかみ付いた。

拓也「痛っ!!」
慎也「大丈夫か?」
拓也「え、えー(私のこと、心配してくれてるのネ…)。」
慎也「ネギ食ってないか?…大丈夫かな。ハンバーグの中にもタマネギ入ってるからなー。どうしよう。病院連れていこうかな…。」
拓也「あなた…。私とハー君とどっちが…」
慎也「ハー君に決まってんだろ!!」
拓也「…(もう離婚よ!!別居よ!!シクシク…)。」

※なんか愛の劇場がドロドロ気持ち悪い方向に進みつつありますが…。まぁ、それは無視して先へ進みましょう。今回は、ハー君のように、ワンちゃんが変なものを食べてしまった場合の対処法についてである。

く…くるしい…
 ワンちゃん、特に若いワンちゃんは、家の中、散歩途中のあらゆるものに興味を示し、何でも口に入れようとするので、時々、その飲み込んだものによって中毒を起こすことがある。中毒とは、毒物が動物に対して臨床的な作用を起こした状態のことであり、毒物を食べても症状を現さなければ、中毒とは言わない。だから、もしハー君の身体の中にタマネギが入っても、貧血などの症状がでなければ、それはタマネギ中毒とは言わないのである。
 一番良いのは、変な物を食べさせないこと。散歩中に拾い食いをしないようにするには、しっかりしつけをするしかない。
家の中で、小物や人間の食べ物、薬を食べないようにするには、子供の頃から、部屋の中を散らかす癖をなくすこと、人間の食べ物に手を出さないことを教え込む必要がある。また、人間も、ワンちゃんを飼う以上、
遊び盛りが一番危険!!
ワンちゃんの届く所に小物を置かない、薬を保管しないは基本だし、ワンちゃんが食べてはいけないものは、当然、知っておくべきである。タマネギ、長ネギなどの臭いのあるネギ類やチョコレート…結構何気なくワンちゃんにあげがちである。特に、ハンバーグやすき焼きの汁など…あからさまにタマネギが入っているものでないと油断しがちである。が、刻んであってもタマネギはタマネギ。煮汁だけでもエキスだけでもタマネギはタマネギ、である。十分に気を付けたい。
 それでも毒物を口に入れてしまった場合、どうするか?まずは、それ以上、口に入れることのないように、毒物からワンちゃんを遠ざける。逆でもいいよ。ワンちゃんから毒物を取り上げる(コッチの方が自然かな)。で、次に毒物の成分を確かめる。これは、後々、獣医師に提供する重要な情報にもなる。人の薬、殺虫剤、家庭用化学製品などなど…。
できれば、成分が書かれているものごと動物病院に持ってきて頂いた方が良い。そうすれば、もし解毒剤があるものだったら、それを使用することができるし、その毒物によって起こる症状が分かっていれば、覚悟もできるし、対症療法も素早く行うことができる。
 で、成分が分かったら、なるべく早く吐かせるのが効果的である。ただし、ここで注意点!!毒物によっては、吐かせてはいけないものもある。どんなものかと言うと、石油製品、消毒液、強酸性または強アルカリ性物質などの腐食性のあるものである。これらをもし吐かせてしまうと、食道を通る度に、その粘膜を傷付ける危険性があるのでやめた方が良い。また、毒物によって動物が昏睡状態、意識不明、発作状態にある時も、吐かせてはいけない。このような状態の時に無理矢理吐かせてしまうと、吐いたものが間違って肺に入ってしまい、肺炎を起こす危険性があるからである。また、毒物を口に入れてから、4時間以上経っているのに吐かせようとしてはいけない。何でか?もう胃を通り過ぎて、小腸に送られているからである。液体成分は30分も経てば吸収してしまうので特に注意が必要である。
 では、家庭での緊急処置として、どのように吐かせることができるか?口を開けてノドチンコの所まで手を突っ込む…は嘘である。一番効果的なのは、一握りの塩、食塩である。それを水にも溶かさず、そのままワンちゃんの口に入れる。もし食べづらかったら、
塩バターは、ノド乾くよ〜っ!!
バターに混ぜこんで食べさせる。これをやれば、大抵は吐いてくれる。しかも、大量の塩なので、ノドが乾いて、その後、ゴクゴクと水を飲む。で、一気に飲み過ぎて、また吐く。これをすることで、胃の洗浄までできてしまう(一石二鳥である)。他にも、オキシドールを薄めて飲ませる、1杯のお湯にティースプーン2杯のカラシを溶かして与える、などがあるが、カラシなどは、胃に入れる前に「ペッペッ!!」とやられてしまう可能性もあるので、あまり効果的とは言えない。
 このような処置をとっても吐かない場合もある。そんな時は、5分経っても吐きが見られないようなら、早めに動物病院へ連絡して、診てもらった方が良い。もし吐いたとしても、毒物が少しでも吸収されていたら、後々何が起こるか予測できないので、なるべく動物病院に相談した方が良い。また、安易な素人判断も宜しくないので、誤って飲まれてしまったものが吐かせていいかどうかも、確信が持てなかったら、動物病院に相談して、指示を仰ぐべきである。
 また、上記の方法は、飲み込んだ毒物が判明している場合である。場合によっては、何かを飲み込んだ可能性はあるが、何を飲んだか分からない場合もある。そんな時は、即、動物病院へ連絡した方が良いが、その時、ある程度、獣医師に伝える情報を整理しておくべきである。状態が悪くなる前に、ワンちゃんが何か食べているのを見たか、体毛が何かで濡れていて、それを舐めた形跡がないか、薬の入った箱をかんでいなかったか、24時間の間にいつもと違う所へ行かなかったか、いつも行かないような場所で何かをみつけた可能性はないか、最近、家の中や庭で毒性のある薬品、例えば殺虫剤、木の防腐剤、塗料などを使用しなかったかなどなど…。毒物が特定できなくても、そういった情報により、中毒の可能性を高めることもできるので、なるべく落ち着いて、良く状況を確認してから、動物病院へ連絡して頂きたい。

ビビッときた〜っ!!
 変な物を口にした、ということで、中毒以外にあるのが、電気のコード、要は感電である。現在、パソコンもかなりの率で家庭に普及しつつあり、家の中には電化製品のコードがあふれかえっている。それらは、遊び盛りの子犬にとっては、かっこうの餌食であり、よくそのコードにかみついて、ゴムの部分をはがしてしまい、感電する、というケースがある。
 感電で一番恐いのは、感電した後、数時間してから現れる肺水腫である。まぁ、一番恐いのは、感電による心臓停止だが、これはすぐに出るし、見れば分かるので。
すぐ病院行きですから。肺水腫とは何かと言うと、感電によって、肺の血管が傷み、血液の液体成分が漏れ出し、肺が水浸しでジャブジャブになり、呼吸困難に陥ることである。これは感電してから少し時間をあけて症状として出てくるので、感電した場合はすぐに動物病院へ連絡した方が良い。
 ただし、ここでも注意点が一つ!!感電している最中のワンちゃんを救出しようとして、いきなりワンちゃんに触れないこと。なぜなら、ワンちゃんを救出しなければならない飼い主様が、感電でやられてしまうからである。なので、ワンちゃんが感電したら、まずやらなければならないのは、電気のコンセントを抜くこと。で、電気が来なくなったのを確認してから、慎重にワンちゃんに触れればよい。


教訓:
一、ワンちゃんが毒物や小物を食べたら、吐かせるにしろ吐かせないにしろ、速やかに動物病院へ連絡すべし!!素人判断で何でも吐かせようとはしないこと!!
二、ワンちゃんが感電したら、自分の安全をまず確保し、それから落ち着いてワンちゃんの救出にあたるべし!!道連れで一緒に感電、は最悪のケースである。


次回は、いろんな症状(重症バージョン)についてです。緊急性のある症状、多いですよ…。

獣医師:斉藤大志



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